美しい霜降りの歴史ある肉、神戸牛

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日本三大和牛として海外でも広く知られる神戸ビーフは、品質の高さと美味しさで知られています。サシ(脂肪)が筋肉に細かく入りこむ、美しい霜降りが特徴で、サシの融点が低く、人肌の温度で溶けるほどの柔らかさ。あっさりとしているため、胃もたれしにくいともいわれます。神戸ビーフと呼ばれるのは兵庫県産の黒毛和牛、但馬牛(たじまうし)の中から、厳しい基準をクリアした選りすぐりの高品質のものだけなのです。神戸ビーフとは「肉」の銘柄でありブランド、但馬牛は牛そのものを指します。但馬牛は、赤身の割合の歩留等級が「A」または「B」。神戸ビーフはメスで未経産牛、オスは去勢牛。歩留等級が「A」または「B」。脂肪交雑のBMS値がNo6以上、枝肉重量が450kg以下をクリアしたものだけが、高級ブランド牛の名誉を与えられるのです。但馬牛は優れた肉質をもつ、和牛の改良に活用されている牛です。黒毛和牛には、さまざまな品種がありますが、但馬牛だけは、別の品種の血を入れない牛なのです。肉の味は血統で決まるといわれます。そのため、ほかの血統が混じらない但馬牛は、和牛改良に広く使われるのです。但馬牛の血統は非常に古く、約1200年ほど前、平安時代初期に編纂された「続日本紀」に家畜として、農業の耕うんなどに使役され、食用にもされていたという記述が残されているのです。主に荷役用に用いられ、食用にされるようになったのは、食文化が大きく変わった明治時代以降なのです。但馬牛の美味しさを広めたのは、江戸時代末期、開国の気運がたけなわの頃、海外から訪れていた外国人なのです。当時の日本は仏教の教えから動物を食用にすることが一般的ではなかったため、動物を食べる食生活が中心の外国人は、美味しい肉を探すことにとても苦労していたのです。農家の作業などで使われていた但馬牛を食べたイギリス人が、美味しさを絶賛して大いに喜び、外国にも輸出され、全国にも広まるようになったとされています。日本で最初に牛肉店を出店したのは但馬牛を広めたイギリス人で、慶応3年(1867年)頃といわれます。日本人が販売を始めたには、明治に入ってからなのです。当時、兵庫県知事だった伊藤博文も好んで食べていたことで知られています。多くの外国の文化が入ってきた頃、日本人の食生活も大きく変わり、文明開化の象徴として牛も広く食べられるようになっていきます。神戸は牛肉発祥の地として知名度が高め、昭和58年(1983年)には、厳しい基準が定められます。優れた品質を保ち続ける神戸ビーフは、ブランド和牛として不動の地位を誇っているのです。

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